【おめでとうございます。】
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「先生、おめでとうございます」
「ん?あァ、明けましておめでとう」
そうじゃないわよ、ばか。
先生はこの冬休み中に婚約した。
* * *
「失礼しまあす」
わざと間の抜けた声で入室を宣言して資料室に踏み入った私は、
開け放たれたカーテンから差し込む昼下がりの太陽に乱反射する
金色の髪に思わず目を細めた。
ほこりと紙のにおいにまじって、ラークの香ばしいにおいがする。
私の大好きな、先生のにおいが。
見るとまだお昼休みだっていうのに、
机に置かれた灰皿からはフィルターぎりぎりまで吸われた
たばこの残骸があふれ出ていた。
「どーしたー?新学期早々」
先生は振り向きもせず、
机に向かったまま少し声高に答える。
ナミさんの声は大人っぽいから、
すぐにわかるよと言われたのはいつだったか。
すごく嬉しくって、
その日はなかなか眠れなかったのを覚えてる。
「顔が見たくなっただけ。悪い?」
「ハハ、んな恐い顔すんな。
つかさっき廊下であったばっかりだろ?」
先生は私をちらと見やり、肩をすくめる。
「足りない」
「・・・ハハ」
急に下がった声のトーンに、
私の肌は勝手に粟立つ。
そして少しの沈黙をはさんで先生は、
意を決したようにペンを置き、頭を持ち上げた。
「・・・あのさ、ナミさん」
言わせるもんか。
私はこちらに背を向けたまま会話を続けていた
先生の座っている回転椅子の背もたれをぐいとつかみ、
思いきりこちらに振り向かせた。
「っ・・・びっくりしたあ」
勢いあまってもう一回転した先生は、
にへらと面相をくずす。
なに笑ってんのよ。
陽の光を受けた金糸の残像がちらついて、
笑顔の真意は読めない。
だけど私にはひとつ、
わかってることがある。
私は両手を回転椅子のひじ掛けに乱暴に乗せて、
さっきよりももっとしかめた顔を先生の鼻先によせた。
それに怯むどころかさらに表情を緩ませた先生は、
人差し指で私の前髪を横に流しながらつぶやく。
「可愛いナァ」
そう、ひとつだけ、
わかってることが。
「先生は、ズルイ・・・ッ!」
込み上げてきた涙を振り払うように、
私は力いっぱい踵を返した。
「おれはこういうヤツなんだ!!」
力まかせにたたきつけた扉の向こうからめずらしく感情的な声が聞こえる。
だからもう二度とここにはくるな、と。
ばかね、そんな大声、
ほかに聞こえたらどうすんのよ。
そーいうの、人一倍気にするくせに・・・・・・
先生、おめでとうございます。
今、幸せですか?
どっちでもいいですけど。
今年もどうぞ、よろしくお願いしまあす。
END
2009.1.1
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