【フロリゲン】
-P5-
男は胸元で固まってしまった私の両肩に、
女性とは違う平たくて熱い掌をのせてそれからぐいと腕の関節をのばした。
私を見つめる眼差しは相変わらず透きとおっているけれど、
月光を溶かしたその瞳は少しだけ温度を上げた気がする。
「お前よー、さっきから男だ女だ言うけどな」
男は私の両肩から手を離すことなく続ける。
「どっちも同じ人間だろうよ」
「あ…」
そうしている間にも男を呼ぶ声が距離を縮めるから、
男は私の肩から手をはずし、素早くこちらへ差し伸べる。
少し躊躇して、だけどしっかりとそれをつかむと、
男は強く握り返して屋根づたいに進みだした。
「おれはムカつくやつには容赦しねェし、
仲間は大事にするぞ」
「……うん」
「それが男でも女でも、巨人でも魚人でも関係ねェ!」
「うん!」
村の年長者から伝え聞くだけだった“男”という生き物は、
さながら“犬”や“猫”と一緒の感覚で。
だけど、よく考えたら私たち“女”と“男”は、おんなじ人間なんだわ。
同じ言葉をしゃべって、
同じ数だけ肢体があって、
同じところから同じものを吸収して、生きて。
ただ少しだけ違うのは、
“男”に触れられると鼓動は高鳴り呼吸は乱れ、
そこから熱を持って痺れだすということ。
だけどそれでいてもっと、触れて欲しくなるということ。
こんな症状をニョン婆様あたりに話したら、
おそらく「病気だ」でかたずけられてしまうのだろう。
そうね、これはまるで病気。
病名なんて知らないけれど、
感染源は間違いなく“男”。
きっと母さんも患った、重い重い病なんだわ。
男の背中を穴があくほど見つめながらそんな思考を巡らせていると、
視線がむず痒く感じたのか男は振り払うようにぶんっと風をきってこちらを振り向く。
「おれはお前を助けたかったから助けた!それだけだ!!」
男はそう言ってシシシと笑い、
心なしか顔を伏せてから恩人だしな、と付け足した。
「そうね、あなた……ルフィ、助けてくれてありがとう!!」
私がほほ笑みかえすと、今度は弾かれたように顔を上げる。
「なんかよ、もっかい持ち上げてもいいか?」
「はあ?別に私けがなどしてないぞ」
「ん!なんかそんな気分だ!!」
そう言って“ルフィ”は有無を言わさず再度私を横抱きにして、
月に届きそうな勢いで飛び上がり次の屋根に飛び移った。
二人分の体重で踏みつけられた瓦屋根は盛大に崩れ落ち、
舞い上がる土煙りと月光の隙間にルフィの大きな瞳が光る。
「なにするの!おろして!!」
「いいじゃねェか!さ、急ごう…えーと、名前………」
私の名はマーガレット。
花の名を持つも、
未だ、つぼみ。
「マーガレット!お前、母ちゃんに会いに行きたくねェか!?」
そしてまぶしい光に照らされて、
少しずつ、
綻ぶの。
END
2009/3
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