【フロリゲン】

-P4-



「ルーフィー…」

私が何も言えずにいると、
下の方から男の名を呼ぶ声が夜風に乗って届いた。

宴会場からはだいぶ離れた屋根の上に隠れていたのに、
もう追手が迫ってきたようだ。

折悪しく今夜の月は特別に近くてその分あたりを明るく照らすから、
私たちはよりいっそう身を低くして瓦屋根の陰に潜んだ。

角度が変わり、
蜂蜜みたいに濃厚な月光が男の澄んだ瞳にとろりと溶ける。

不思議な光を宿すその瞳から、私は目を離せない。

一方黙って見つめかえす男は、
私の瞳の中に何かを探しているようだった。

体の奥を見透かされてしまいそうな感覚と、
それともうひとつ、この体の奥に芽生えた知らない感情に戸惑いつつも、
その意味を知りたくって、私は男にふたつめの問いを投げた。



「“女”はみんな……“男”に触れてほしいと思うものなの…?」



「……そんなの……おれだって………」



出会ってから初めて少し戸惑いの表情をのぞかせた男はちょっと黙って、
上唇をとがらせたかと思うと息を吸い込むと同時にぱくりと口を開いた。

私はそこから発せられるであろう言葉に全神経を傾ける。

あなたがおしえてくれるの?

この感情の正体を。

女を島から引き離す、男という性を。



「いたわ!ルフィ―――!!」

周囲への警戒を完全に怠っていた私は、
男の喉のおうとつを確認すると同時に上がった叫声に飛び上がって驚き、
不安定な足場を踏み外してしまった。

もろい瓦屋根は衝撃に耐えかねて一斉に崩れ落ち、
その勢いに乗って私の体も流れ落ちる。

足元のずっと下の方で瓦の砕け散る噪音を聞きながら
本日何度目になるかわからない死の覚悟をして目を閉じると、
落ちていく私の体は中空でびたりと静止した。

振り子のように左右する吾身はそのままに恐る恐る目を開くと、
大きな月を背負った男が、しっかりと私の腕をつかんでいるのがわかる。

そしてそのまま私の体と自身の口の両端を同時に持ち上げて、
むき出しの胸元に引き寄せた。



もう、答えなんて必要ない。



あなたへ直に触れる私の頬の温度。



これがすべてだ。




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