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夕闇は去り、真の闇が迫る。
いつもは男が日暮れ前に点してまわる蝋燭に灯はなく、
肘をぶつけて落ちた燭台からただごろごろと床に転がった。
明かりのない聖堂をぶあつい夜が包み込み、
闇を吸い込んだ二人の白い衣装は暗黒へとその色をかえてゆく。
暗い海のような闇が、二人の熱に揺らぐ。
波たつような感覚に、航海の記憶が蘇る。
これまで女はもとより男は神に仕える身でありながら、
前世など信じたことはなかった。
しかし今二人が確かに感じているのは既視感。
彼の地で初めて出会ったはずの二人は、
なぜだかずっと懐かしさを感じていた。
自分たちはかつて、広大な海に抱かれて生きていた。
繋がりを持った今、
予感は確信に変わっていく。
女は男の祭服のように大げさなつくりの衣装に手をかけると、
ロザリオもろとも剥ぎとった。
鎖をちぎられた十字架は、ガンッと音をたてて床に落ちる。
不吉な予感はこれだったのだと、
男は痺れる頭でぼんやり思った。
真黒な海に、溺れる予感だ。
ああ主よ、重ねる罪は千も万も同じだろうか。
男はナース服の胸元に手を差し込み、
死者たちの警告は最悪のかたちで無視されることになった。
「あぁ、しんぷさま……」
女は嬌声と共に、露わになった男の上半身に冷たい指を這わせ、
そのまま腰の後ろに腕をまわし下から上へゆっくりとなぞった。
男はたまらずにうっ、と息を漏らす。
「…………汝、名を何と申す」
呼びかけようとして名前すら知らないことに気づいた男は、
女のふくらみを不規則に歪めながら荒い息で名を問うた。
「ん、あ……おしえて、あげる……」
「私の名は……………」
男は女を知っていたし、
女は男を知っていた。
明るい海を旅してた、
遥か遠く、
生まれるよりも、
ずっと前から。
― 黒海 ―

END