【スティル・グリーン】
-P46-
背中の人面のような紋様は、
息絶えてなおこちらを見上げて嘲笑っているように見え、
おれは憎悪と畏怖で震え上がった。
* * *
「それからだよ、虫が苦手になったのは」
「……そう、話してくれてありがとう」
「なんでお礼を?」
「だって、初めてでしょう?人に話したの。
光栄だわ」
そう言ってアパレシタが肩をすくめると、
おれは急に恥ずかしくなってシーツ越しに自分の両膝を抱え込み、
膝小僧に額を乗せた。
「……そうね、何を知っている訳じゃないけれど、
君より“ちょっとだけ”長い時を生きている女の戯言と思って聞いてくれるかしら」
「…うん」
膝に乗せた頭だけをアパレシタの方へ傾けて返事をする。
「君は、背負っているものが多すぎる気がするわ」
「……ハハ、そう?」
「そしてごまかす方法も多く持っている。でしょ?」
「……」
「だけどね、背負っているものは降ろすこともできるのよ」
「それは…ッ!」
おれは思わず顔を上げた。
「なにもその背負っているものを捨てろと言っている訳じゃないわ…聞いて?」
それはまるで母親が子供に言い聞かせるみたいなやさしい響きで、
おれは黙って聞くしかなかった。
「そしてね、降ろした“荷物”は、分担して運ぶこともできるの」
「……それが、どんなにプライベートな荷物でも?」
「そうよ。だから一緒に運ぶのは、君が本当に信頼している人だけにすればいいわ」
「だけどそいつの負担になるだろ」
「そう思ったら、その人の荷物を運ぶのも手伝ってあげればいいのよ」
「本末転倒だ、運ぶ量は変わらないじゃないか!」
おれが少しおかしそうに言うと、アパレシタは目を細めて続けた。
「そんなことないわ。荷物を一度降ろせば、体力だって回復するのよ?」
「……」
「そしてその誰かの“荷物”を大事に、大切に運ぶため、
君はもっと強くなれる……違う?」
「……違わない」
「ふふ、やっと素直になった」
アパレシタの言葉は不思議とおれの腹にするりと流れ込んで、
なんの違和感もなく中で溶けた。
朝焼けが部屋の空気をあたためていくのがわかる。
「それとね、急いで大人になったって、
中身がおいついていなくちゃ意味がないと思うわ」
「え…」
「この部屋へ来た理由も想像がつくけれど」
「アパレシタ、それは違う…!」
「いいのよ、私も早く大人になりたくてもがいていたけれど、
大人になったからってなに?こんなものよ。
大切なのは過程だわ。プロセスよ」
アパレシタは心なしか乱暴に言って、視線をななめ上に傾ける。
「君は…“荷物”をどこに運びたいのかしらね」
「……運ぶんじゃない、返すんだ」
「目的があるならいいのよ。聞いてくれてありがとう」
そう言ってにっこり笑った彼女の部屋を染める朝日に照らされた頬の産毛に、
なぜだかえもいわれぬ安堵を感じる。
お礼を言いたいのはおれのほうだ。
小さな“荷物”のひとつをアパレシタが請け負ってくれたようなそんな気がして、
少しだけ軽くなった背中でおれは、
窓の外の朝露に濡れた若葉に目をやった。
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