【スティル・グリーン】

-P38-



おれは洗い物を通常の倍の速さで終わらせて、
ヒメウが用意してくれたバニラのフレーバーティーをすすっている。

甘い香りに酔いそうだ。

座る場所は迷ったあげくにヒメウの隣に決めた。

なぜならこの食卓は大きすぎて、
向かいに座ると声がエコーしそうなほど遠いからだ。

…ということにしておこう。



おれはこのふたりきりの時間を満喫しすぎていて、
しばらく無言だったらしい。

最初に口を開いたのはヒメウだった。

「サンジ君、本当にいいの?」

「え、なに?」

主語のない言葉に一瞬戸惑う。

「リリースクに戻ること」

「あ、ああ、かまわないよ。
それに“戻る”じゃなくて“訪れる”だから」

おれは少しだけ動揺したことを隠すように早口で答えた。

「やっぱり、王室に戻る気はないのね…」

ヒメウはあからさまにがっかりした口調になる。

「ああ…そういうつもりで向かうんじゃねェんだ。
ごめんな」

「……」

おれは申し訳なくなって、
無言でうつむくヒメウの頬に手を伸ばした。



下心なんてなかった。

ただなぐさめるつもりだった。

それと、君の頬に涙がつたっていやしないか、
心配になっただけだ。



ただ、それだけだったんだ。



だけど手が届く寸前に、
ヒメウはおれの右手をはたいてよけた。



「って…」

「…!!ごめんなさい…!」

さっと上げたヒメウの顔色を見ておれはそれ以上言葉がでない。

積もった雪にだってもうちょっと色味があるぞ。

「ごめんなさい…!叩くつもりは…!!」

「ごめ…」

ほうっておけばいつまでだって謝り続けそうなヒメウの、
自身を抱え込んでいる両腕をおれはつかんで開いた。

「いや…っ!」

「どうしたんだよ!ヒメウ!!」

「ごめんなさ」

「あやまるな!」

間近にあるおれの顔から目を背けて、
なおもあやまろうとするヒメウにおれはたまらず声を荒げた。

「おれが何かしたなら、ちゃんと言ってくれ!!」

「…!!…なにも…ッ!!なにも!!」

ヒメウは涙をいっぱいにためて、
首をぶんぶんと横に振った。

「じゃあ…なんなんだよ!」



「なんでずっと、おれの目をみてくれないんだ…!!!」



そうだ、ヒメウは船室にこもりだす前の“あの夜”から、
ふたりきりのときにおれと視線を合わせることは一度もなかった。



ただの一度も、だ。




NEXT→

←BACK

TEXT TOP